大判例

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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)938号 判決 1975年10月08日

控訴人

株式会社協和銀行

右代表者

色部義明

右訴訟代理人

島谷六郎

外三名

被控訴人

株式会社東洋楽器

右代表者

栗原豊

右訴訟代理人

大政満

外二名

主文

原判決を取消す。

被控訴人の主位的請求を棄却する。

控訴人は被控訴人に対し金三〇一、〇〇〇円を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

この判決は被控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め、予備的に主文第三項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は、次に附加するほか原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴代理人は次のとおり述べた。

(一)  仮に訴外飛鳥貿易株式会社(以下訴外会社と略称する)と控訴人間の本件輸出円貨代金振込依頼契約が第三者(被控訴人)のためにする契約と認められないとすれば、予備的に次のとおり主張する。

(1)  被控訴人は昭和四四年五月初旬頃訴外会社に対し楽器類を代金三〇一、〇〇〇円で売渡した。

(2)  訴外会社は、被控訴人に対する右売買代金支払のため、同月一五日控訴人に対しオーストラリヤ商業銀行発行の信用状に基づき三八二ポンド一シリング八ペンスの輸出荷為替手形(以下本件手形という)の買取又は取立方を委託すると同時に本件手形の買取金又は取立金のうち金三〇一、〇〇〇円を被控訴人の取引銀行である訴外大和銀行錦糸町支店の被控訴人名義の当座預金口座に振込むよう委託し、控訴人はこれを承諾した。

(3)  その後、控訴人は、右委託に基づき同年七月二日本件手形の取立を完了したが、約旨に反し、前記振込を履行しない。

(4)  訴外会社は、同年六、七月頃倒産し、現在無資力である。

(5)  よつて、被控訴人は、民法第四二三条により訴外会社に代位して、前記委託契約を解除し、前記取立金のうち金三〇一、〇〇〇円の支払を求める。

(二)  控訴人の相殺の主張は次に述べるとおり権利の濫用として許されない。すなわち、

(1)  輸出円貨代金振込依頼の制度は、輸出商品の生産業者らにその販売代金の支払を当該売渡商品の輸出荷為替の取立金のうちから受けしめることとして右の販売代金支払の確実性を担保し、これにより反面訴外会社のような資力の乏しい弱小輸出業者が生産業者らより輸出商品を入手することを容易ならしめる機能を果しているものである。

(2)  従つて、被控訴人は、訴外会社より甲第一号証の振込依頼書の交付を受けて、販売代金の支払を確実に受けられるものと信じていたのであり、訴外会社もそのために右の依頼書を被控訴人に交付したのであつて、他方、控訴人においても前記振込依頼の制度の目的、機能を熱知のうえその振込依頼を承諾しているのである。

(3)  しかるに、訴外会社がたまたま倒産したからといつて、控訴人において、相殺を主張しこれにより自己の債権の優先的回収を図るのは権利を濫用するものといわなければならない。

二、控訴代理人は次のとおり述べた。

(一)  被控訴人の予備的主張に対する認否については本位的主張に対する控訴人の答弁及び主張を援用する。

(二)  右控訴人の主張の項において述べたとおり、控訴人は被控訴人主張の輸出荷為替手形の取立金債権をもつて控訴人が訴外会社に対して有する債権と対当額で相殺したから、もはや被控訴人の主張するような控訴人が訴外会社に交付すべき取立金は存在しない。

(三)  被控訴人の権利濫用の主張は争う。

三、証拠関係<省略>

理由

<証拠>によると、被控訴人は昭和四四年五月訴外会社に対し楽器類を代金三〇一、〇〇〇円で売渡したことが認められる。

<証拠>を綜合すれば、被控訴人は、昭和四四年五月一〇日頃訴外会社より輸出向の楽器類買付の申入を受けたが、その信用状態に不安があつたので一応これを断つたところ、同月一七日頃訴外会社は、控訴人の承諾のある後記内容の輸出円貨代金振込依頼書(甲第一号証)を提示し、代金の支払は確実である旨を述べて右の輸出商品の売渡方を懇請したので、被控訴人は、右の依頼書を信頼し、代金の支払は確実であると信じて、訴外会社に対し前記のとおり楽器類を売渡すこととし同月二六日頃その引渡を了したこと、他方、訴外会社は、同月一五日控訴人に対し「将来オーストラリヤ商業銀行発行の信用状に基づく輸出荷為替手形の買取又は取立を依頼するにつき、その買取又は取立の節はその円貨代金のうち金三〇一、〇〇〇円を訴外大和銀行錦糸町支店の被控訴人名義の当座預金口座に振込まれ度い」旨を依頼し、控訴人はこれを承諾して、前記甲第一号証の書面が作成されたこと(以下本件振込契約という)が認められる。

被控訴人は、本件振込契約は被控訴人に控訴人に対する右円貨代金内金の請求権を取得させる趣旨の第三者(被控訴人)のためにする契約であると主張するけれども、本件振込契約に第三者のためにする約旨が存在することについてはこれを認めるに足りる確証がなく、却つて、甲第一号証の契約条項の中には右の約旨が明示されていないのみならず、<証拠>を綜合すると、銀行業者間では従来本件のような振込依頼の承諾は第三者のためにする約旨を含まないものと解しており、控訴人においても同様であることが認められるので、本件振込契約は黙示的にも右の約旨を含まないといわざるをえないから(なお、輸出円貨代金振込依頼の制度の目的、機能が被控訴人主張のとおりであるとしても、そのことから直ちに右の結論が左右されるものではない)、被控訴人の右の主張は理由がない。従つて、控訴人に対し第三者のためにする契約に基づく義務の履行を求める被控訴人の請求(主位的請求)は失当といわなければならない。

次に、<証拠>を綜合すると、控訴人は、同年六月二日訴外会社より前記信用状に基づく本件手形の取立の委任を受けてその手続をすすめ、同年七月二日これが取立を完了したこと(もつとも、右の取立完了については当事者間に争がない)、右取立金の額は右同日の為替相場により円貨に換算して金三五三、一六七円となつたこと、訴外会社は、同年六月五日東京手形交換所により取引停止の処分を受けて倒産し、現在無資力であることが認められる。

従つて、被控訴人は、民法第四二三条により訴外会社に代位して、控訴人に対し、本件振込契約(これは委任契約の性質を有するものと解される)を解除して前記取立金のうち金三〇一、〇〇〇円の引渡を求めうる筋合である。

ところで、控訴人の主張によれば、右の取引停止処分により訴外会社は約定に基づき一切の債務の期限の利益を失つたので、控訴人は同年七月二六日訴外会社に対し控訴人の訴外会社に対する債権と前記取立金を含む訴外会社の控訴人に対する債権を対当額で相殺する旨の意思表示をしたから、前記取立金引渡の義務はすべて消滅したというのであるが、<証拠>を綜合すれば、資力の乏しい中小貿易業者は、その取引銀行に対し輸出先の取引銀行が発行した信用状に基づく輸出商品の荷為替手形の買取又は取立を依頼すると同時にその買取又は取立金のうちから当該輸出商品の買付先である生産業者らに対する買受代金支払の方法としてその取引銀行の口座に右代金相当額の金員の振込を依頼し、他方、その取引銀行より右の依頼を承諾する旨の書面の交付を受けてこれを右の生産業者らに提示し、これにより買受代金支払の確実性を担保して輪出商品を買受けるということが一般に行われていること、控訴人は右の取引界の実情を了知していたこと、被控訴人と訴外会社間の前記楽器類の取引も右の一般の例にならつたものであつて、前記のとおり被控訴人は甲第一号証の書面を信頼し確実に代金の支払が受けられるものと信じて右の取引に応じたものであること(なお、控訴人は、本件振込依頼は本件手形の買取又は取立金支払義務が相殺等の事由によつて消滅していないことを前提とするものである旨を主張するもののようであるけれども、本件振込契約が右のような趣旨のものであることは甲第一号証の記載からは窺い知るすべもないところであり、また、被控訴人が右の約旨の存在を知つていたことの証拠もない)、控訴人においてもその間の事情を知らなかつたわけでもないことが認められ、右のような諸事情を考慮すれば、控訴人の前記相殺の主張は、訴外会社がたまたま倒産したことを理由にして、控訴人の行為(甲第一号証の作成、交付)を信頼して行動した被控訴人の権利を無視し、もつぱら自己の債権の回収のみを図ろうとするものであつて、訴外会社に対する関係ではともかく、被控訴人との関係においては取引の信義則に反し権利の濫用として許されないところであるといわざるをえない。

従つて、訴外会社に代位して控訴人に対し前記取立金内金の引渡を求める被控訴人の請求(予備的請求)は理由がある。

以上の次第であるから、被控訴人の主位的請求を認容した原判決は不当として取消を免れないけれども、被控訴人の予備的請求はこれを認容することができる。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を、それぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(満田文彦 眞船孝允 小田原満知子)

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